1日1本映画レビュー 『この世界の片隅に』

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この世界の片隅に

 

原題:この世界の片隅に

公開:2016

監督:片淵須直

出演:のん

  細谷佳正

   稲葉葉月

   尾身美詞

   小野大輔

 

 

爽やかで力強い生命の賛歌

 

以下感想。

 

君の名は。を倒した作品】

 

2016年といえば、日本映画界は君の名は。の年やったんじゃないかと思う。

若者はこぞって映画館へ、俺ももれなく映画館で観た。ほぼ一年間ずっと上映されていたんじゃないかと思う。

 

けど、そんな前前前世を倒し、2017年の日本アカデミー最優秀アニメーション作品賞を取った映画、それがこの世界の片隅に

 

あれだけ大ヒットした『君の名は。』が取れなかったんやから、さぞ『この世界の片隅に』は素晴らしい映画なんでしょうね、と思って観た。

 

 

さぞ素晴らしい映画でした。

 

 

 

【戦争をテーマにしながら、描かれるのは何気ない日常】

 

この映画は、戦争映画でありながら、戦争を説教の題材として押しつけがましく使っていない。

感動のファクターとしても雑に使われておらず、その時代に生きた女性の日常を描いている。

その爽やかさと清さがまず素晴らしい。

 

個人的には、「戦争はダメ」「戦争は愚か」「平和が大事」なんて言うのは義務教育で散々習ってきたし、小学校の時たいていの人は『はだしのゲン』で教わってる。

殺し合いは悪、なんて言われなくてもわかる。

 

 

やから、戦争映画がそういうテーマを説教クサく伝えてくると、

 

うるせえなあ

と思う。

 

メッセージがそういった部分にフォーカスしすぎると、説教になってうるさい。

この映画はどうかというと、メッセージを「教わるのではなく感じられる」ので、映画のテーマがスっと入ってくる。

 

 

この映画はあくまでその時代を生きた女性の姿をあるがままに、爽やかに描いている。その点が凄く好きになれるものやった。

 

主人公は、当たり前のように学校に行き、好きな絵を描き、淡い恋をし、旦那を想い火事に勤しむ、普通の女性。

 

映画は、あるがままに普遍的な日常を書いているんやけど、戦争が佳境に入るにつれ「観客サイドが勝手にシリアスな気分になる」から、自動的にバランスがとれている。

 

 

舞台を生きるキャラクターは、すごく血が通っていて、あたたかい。

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可愛らしいアニメーションと、心をくすぐるロマンス、当時の日常風景の描写、そして舞台を生きる人々の心の機微。

どれをとってもバランスが良く、心地いい。

 それを実現した能年玲奈の声の演技が良かった。

 

 

映画が進むにつれて、健やかな日常が戦争によって侵害されていく。

 

彼女の心の変化を表すように、映画から温もりが一つ失われ、穴が開いたとき、やりきれない悲しさを感じて普通に泣いてしまった。

 

戦争の愚かさと、暴力を前にした生命の無力さを、シンボルやメタファーを用いてさりげなく表現していて、ときおり芸術的な奥深さも感じられた。

 

 

「来たる日」が近づき、過酷な現実と理不尽な暴力に打ちのめされる。

戦争に対する、静かな怒り。

けど、それ以上に、それでも前を向いて歩いていく生命の力強さと、世界の片隅にあるささやかな幸せ、人間愛を賛美しているように感じた。

 

 

残念なところも多少あって、あまり当時の女性たちの社会的地位に関して深く描かれていない。

今よりもはるかに低い結婚の適齢期、取り決め婚、女子挺身隊など、当時戦争に巻き込まれ、それでも忍耐した女性の姿、という点に関しては少し掘り下げが薄い。

どうやら原作ではもっと描かれているみたい。そのためか、映画が少し駆け足というか、何かを省略しているかのような感覚が後半あった。

映画の軸やテーマはぶれてないとは思うけど、少し物足りなさを感じたのも事実。

 

 

緩やかな映像と、能年玲奈の可愛らしくも奥行きのある演技、そしてハッとするような展開と、時に重く、時に爽やかな感動。

その時代を必死に生きた女性の力強い姿に、戦争の愚かさは言うまでもなく、それ以上に人間の生命の美しさを垣間見た。

 

 

戦争は愚かで、醜い。

そんなことは言うまでもなく真実なんやけど、どこかで非現実的なものとして、時にはエンターテインメントとして捉えてしまう。

でもそれは確かに過去に起きた変えようのない事実であり歴史である。それも、大昔の出来事ではない。

 

戦争真っただ中の当時の社会と現代を比べると、多くのものが豊かになり、沢山のものを得た。

しかし同時に多くのものが乏しくなり、失ったと思う。

 

大事なことは何か?って、ここまで自然に考えさせてくれる作品ってすごく貴重やと思うし、素晴らしい。それを実現した温かく爽やかなアニメーションと奥深い演技は、本当にすべての人にとって一見の価値がある。

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わざわざ日本アカデミー賞が最優秀に選んだ作品。

戦争が終わり、時代が転換した今だからこそ、多くの人が見るべき映画だったんだなと、強く感じた。

 

 

 

エンタメ:☆☆☆☆★

テーマ :☆☆☆☆☆

バランス:☆☆☆☆★

好き  :☆☆☆☆☆

計  18/20

 

 

 

 

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