【一日一本映画レビュー】劇場版名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)
名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)
監督:立川譲
脚本:櫻井武晴
拝啓 櫻井武晴様
コナンの新作がやってきた!!
毎年毎年アホみたいにヒットしては、映画館の興業を繋いできた日本映画界の救世主、名探偵コナン。
毎年の伝説的なヒットとは裏腹に、近年の作品群のクオリティは割と酷く、素晴らしい過去コナン映画が作りあげた栄光を食い散らかしていた。
しかし「出せば売れる」入れ食い状態のため、コナンという作品が持つ本来の魅力を履き違えていても、「派手だからいいや」「売れるからいいや」「この程度でええやろ」的な作品が多かった。
そして2023年。
「悪夢の主」静野孔文と共に作品を食い散らかし、それでも興業的ヒットを飛ばしてきた、櫻井武晴が脚本を務めた本作。
監督は、「ゼロの執行人」以来のタッグとなる立川譲。
ハッキリ言って“負け戦”と思っていた。
しかし…
超裏切られた!いい意味で!
櫻井武晴は小手先の脚本でそれなりのものを作るだけの脚本家と思ってたけど、訂正いたします。
本作がいかに素晴らしい作品か、を説明するには、歴代のコナン映画の歴史を紐解く必要がある。
記念すべき最初のコナン映画『時計仕掛けの摩天楼』から、本作『黒鉄の魚影』まで、コナン映画がたどってきた歴史を、俺の主観で語っていく。
第一部 天才こだま兼嗣による名作連発期
青山剛昌の名作、『名探偵コナン』の劇場版第一作品目は、『時計仕掛けの摩天楼』という名前で世界に産み落とされた。
約100分と短い中に、サスペンスとミステリーが詰められており、壮大なアクションと素晴らしい名シーンを詰め込んだ傑作である。そして、本作の監督を務めたのが、のちの長いコナン映画=ヒットするの礎を築いた天才監督、こだま兼嗣に他ならない。
こだま兼嗣作品には
・コナンのキャラの魅力を活かす
⇒青山剛昌が生み出したコナンのキャラクターの役割や性格、魅力を理解しており、彼らが個性的に活躍するシーンが多い。
・ミステリー要素を含む
⇒腐ってもコナンは推理と犯人逮捕のミステリーなので、ミステリー要素をしっかりと持つ。とはいえド派手なアクションもコナンの華であり、しっかりと盛り上がりを作る。
・心に残る名シーンを一つは用意する
⇒その多くは、新一の蘭のロマンスが絡む。コナンはミステリーであり同時にラブコメでもあるので、恋愛を絡めて素晴らしいシーンやセリフを魅せることが多い。
という3つの法則があり、こだま監督の作品には、今鑑賞しても全く色褪せない興奮と感動がある。
俺の大好きな『瞳の中の暗殺者』や『天国へのカウントダウン』、多くの人に愛される『ベイカー街の亡霊』や『迷宮の十字路』はどれもこだま監督が生み出した。
今のコナンの爆発的ヒットは、間違いなくこだま監督がその基盤を作っている。
第二部 山本泰一郎による地味作品期
名作を生みまくったこだま監督だったものの、『銀翼の魔術師』から、山本泰一郎監督へバトンタッチされる。
この『銀翼』の出来がとても悪く、モッサリとしたテンポ感にキャラが活きていないドラマ、盛り上がりの薄いミステリーと見当違いのアクションと、個人的には最悪レベルの駄作。
監督が変わると、こうも作品の質が変わるのか…と愕然とした(初めて観たのは大学院生の頃)。
しかし、山本監督は少しずつコナン映画の魅力を理解し、こだま監督の3原則を彼なりに踏襲しつつ、そこそこ面白い作品を生み出してきた。
山本監督は、良くも悪くもとても地味な作品が多い。『戦慄の楽譜』や『漆黒の追跡者』など、つまんなくは無いが取り立てて面白くもない、あんま印象に無い作品をたくさん生み出した。
この辺の作品、全然覚えてへんな…という人も少なくないのでは。
しかし、山本監督はこだま監督ほど突き抜けた名作を作ることが出来ずとも、作品を追うごとにレベルアップしていき、地味ながらも最終的には打率.262くらいの、けっして派手ではないが頼もしい、そんないぶし銀の選手になったと思う。
かつてコナン映画をイッキ見した身としては、少しずつ作品の質が上がっていく様に感動したのを覚えている。
第三部 静野孔文による悪夢(ナイトメア)期
こだま監督が素晴らしい基盤を作り、受け継いだ山本監督が悪戦苦闘しながら軸を整え、コナン映画は現代へと引き継がれていく。
そして、それを見事にぶっ壊したのが「悪夢の主」静野孔文監督。
『沈黙の15分』『11人目のストライカー』『絶海の探偵』と、3バカ映画を立て続けに作り、やがて世紀の駄作『業火の向日葵』を生み出した。
コナン=派手さのあるミステリー
を、
コナン=バカバカしいアクション
に変えた張本人。
・とりあえずキャラを半殺しにする
・とりあえず人気キャラを出す
・とりあえず犯人に死刑囚レベルの世紀の大犯罪をさせる
といった、無茶苦茶な展開があまりにも多い。
静野監督の最終監督作『から紅の恋文』はそれなり面白い映画だったものの、適当な小手先のエンタメで適当な映画を作る監督という印象を拭うことはできなかった。ハッキリ言って、2011〜2017くらいの作品は、かなりつまらない。
ここでついに、『黒鉄の魚影』で脚本を務めた櫻井武晴の名前が登場する。
櫻井武晴は、静野監督と共に、『絶海の探偵』(先述の3バカ映画の1人)を生み出し、華々しいコナン映画デビューを果たす。
自己満足的な脚本、コナンの魅力を履き違えたミステリー、それらをかき分けた先にあるつまらない真実。取ってつけたような派手なアクションも、虫唾が走った。
世紀の駄作『業火の向日葵』も櫻井武晴の脚本であり、静野×櫻井のタッグは、完全な地雷であることが判明した。
とはいえ、静野監督のおかげで、「コナン=バカバカしい、でも派手で楽に観れるから楽しい」という構図ができたのかもしれない。
俺は静野アンチではあるが、今のコナン映画のヒットは、静野監督無しでは生まれなかった、という言っても過言ではないと思っている。
第四部 監督未定着の有象無象期
『から紅の恋文』以降は、監督が定着せずコロコロ変わるように。
女性監督・永岡智佳監督が2作続いたのでしばらくは永岡監督で行くのかと思いきや、『ハロウィンの花嫁』ではまた別の人になるし…
作品としては、売れてはいるがパッとしない、といった印象。
久しぶりにコナン映画を観た大人たちが、「やっぱり『ベイカー街』が一番面白かったよな」と懐古するきっかけを与えるくらいのエンタメを常々提供していた。
その有象無象作品の中で特筆すべきは、2018年の『ゼロの執行人』。本作『黒鉄の魚影』と同じく、立川監督と櫻井武晴のタッグで生み出された。
『ゼロの執行人』は世間の評価こそ高いが、それはあくまで「安室透というキャラの魅力」が生み出したものであり、作品の質によるものではないと、個人的には思っている。
作品の品質は『絶海の探偵』と同じで、壮大な作品にしたいのは伝わるが、肝心の中身が伴っていないうえ、根本的にコナン映画としての体裁を保てていない。
かろうじて、安室透が暴れるシーンの華々しさにより作品として成立している点で『絶海の探偵』よりは上、くらい。
櫻井武晴は、近年の作品では『緋色の弾丸』の脚本を務めており、今までの自己満足間こそないが、今ひとつパッとしない脚本に留まってしまっていた。
毎年、期待してコナン映画を観るのは良いが、結局何とも刺さらずに映画館を出る。
もう、素晴らしいコナン映画を期待する年ではないんだろうな…そう思った矢先、この『黒鉄の魚影』が公開されることとなる。
そして現代へ 櫻井武晴の本気
櫻井武晴のこれまでは、
・複雑なサスペンスにしようとして空振り
・キャラを活かせなくて地味
・印象に残るシーンが無く、魅力が薄い
といったところ。
しかし本作は、見事にその弱点を補っていた!!
【サスペンス】
相変わらず難しいモノを持ち込んで複雑にするなぁ、という印象はあるが、無駄なシーンを排しているため中弛みがない。
シンボルとしてとても壮大感があるので、劇場版特有の華と盛り上がりがあった。
また、黒の組織を登場させること、灰原=シェリー説がマジで打ち上がることにより、作品の緊張感が上がっている。今まで黒の組織が出てくる=ジンが調子こいてアホなことする、くらいのオチにとどまっていたが、今回は黒の組織が絡むという事実が、作品の厚みを出していた。
そして、コナン映画らしく、殺人事件が発生し、サスペンスとして興味が持続する展開をしっかり持っており、見応えがある。
肝心のミステリーはややおざなり感はあるが、よく言えばシンプルで無駄がない。
結局のところ子供向けドラマなのだから、変に肩が凝るミステリーにはせず、適度に推理欲を刺激しつつ、わかりやすく描く筋書きは、個人的にはめっちゃ良かった。
(コナン映画で、よく途中で犯人が分かったとか、トリックが単純、という感想を見受ける。馬鹿馬鹿しいトリックだと確かに冷めるが、むしろシンプルな推理で犯人を見抜く気持ちよさをインスタントに提供していることを俺は素晴らしいと思う。)
【キャラ】
映画オリジナルキャラの「直美・アルジェント」と「ピンガ」は、脚本の中での使い方に無理がない上、メインキャラクターとの絡み方もスムーズ。登場に必然性があり、オリジナルキャラの存在が既存のキャラの魅力を引き立てる役割を担っている。
近年の『緋色』『ハロウィン』など、ややパワープレー気味に映画オリジナルキャラと絡める展開が目立ったが、決して邪魔せず、あくまでコナン達を引き立てる役割を担う好采配。
ゲスト声優も少人数に抑え、使い方も派手にしないことで、無駄な違和感がなかった。
肝心のメインキャラは、みんな大好き灰原哀を軸に置くことで、退屈を感じることがない。ちゃんと灰原にフォーカスが当たり、しっかりと活躍していた。
俺は蘭派なんやけど、蘭姉ちゃんもちゃんと活躍している上、蘭派も尊重した脚本もGOOD。
毛利小五郎の扱い方が雑なのが相変わらず難点だが、今回はまぁコナンと灰原のドラマなのでやむなし。一応見せ場はあるのでまぁ及第点と思う。
次回はおっちゃん大活躍を見せてくれ!
【名シーン】
印象深いシーンがしっかりと用意されていた。
アクションは、多くのキャラを見事に絡める素晴らしい出来。
派手さは若干薄いものの、あまりに無茶苦茶で荒唐無稽なアクションよりは良いとおもう。現実的なアクションではまったくもってないけど、これはコナン映画なので。
しっかり楽しく、しっかり興奮させてくれた。
(前作のハロウィンの花嫁はアクションがおとなしかったうえ、荒唐無稽すぎて、あまり楽しさを感じなかった)
名言的なものもあり、なかなか心に響く。
自暴自棄になる直美を灰原が叱咤するシーンは、グッとくる魅力があった。
そして、近年のコナン映画に無かった「心がグッとくるロマンス」については…
これは劇場で確認してほしい。
さらに、俺の大好きな演出、
「うつむく… その背中に 痛い雨が突き刺さる…」
があった。最高!
オープニングが微妙とか、文句を言おうと思えば言えるけど、そんなのはどうでもいいくらい、満足感がある作品やった。
黒の組織の恐ろしさも、チャーミングな無能さも、ひっくるめて素晴らしい魅力やったし、話が進むにつれ壮大な事件になる様子は見応えがあった。
エンディングのスピッツの『美しい鰭』もめちゃくちゃいい。
命をかけた瞬間に若干描写が薄く、緊張感が伝わりきらない時もあったが、それ以上にコナン映画が持つ抜群の魅力でその余白は埋められたように思う。
素晴らしきかな、櫻井武晴。
来年もまた楽しみにしてるぜ、コナン。
エンタメ:☆☆☆☆★
テーマ :☆☆☆★★
バランス:☆☆☆☆☆
好き :☆☆☆☆★
計 16/20