一日一本映画レビュー 『ドライブ・マイ・カー』
『ドライブ・マイ・カー』
原題:ドライブ・マイ・カー
公開:2021
監督:濱口竜介
人は言葉の真意を読み取ろうとし、その闇を暴こうとし、なのにそれに気づいてなお、見て見ぬ振りをする
以下感想。
【アカデミー賞ノミネート】
本作は、公開自体は数か月前にされていたんやけど、アカデミー賞にノミネートされたということで、リバイバル上映がなされていた。
最初に公開された時点で観に行きたかったけど、忙しかった俺に180分の上映時間がのしかかり、なかなか重い腰があげられなかった。
とはいえ、アカデミー賞にノミネートされては無視するわけにはいかないし、せっかく近場で再び上映されたのだからと、レイトショーで観に行った。
金曜日の夜だからか、意外にも人が多く、サラリーマンと思しき人もちらほら。正直つまらなかった時のリスクが大きいなと思ったけど、結構ヒットしてるのね。
アカデミー賞と言えば、日本映画が作品賞にノミネートするのはたぶん初めて。
監督の濱口竜介も監督賞にノミネートされ、本作は世界的に高い評価を得た作品といえる。観てない人はせっかくやし観ておこう。
【文学的かと身構えたけど…】
村上春樹原作、上映時間180分ということで、めちゃくちゃ構えた。
文学的で、芸術的で、はっきり言って意味不明な映画なのではないかと。
実際、開幕のカットは意味不明で、めちゃくちゃ文学的。下手すれば心が折れかねないシーンやけど、不思議と頭に入ってくる。
セックスの後に物語を語りだす女、それを次の日に口頭で伝える男。これが彼らの生活の「当たり前」らしく、その物語が、彼女の「脚本家」としての仕事そのものらしい。
いかにも意味不明で文学作品的なオープニングアクトやけど、それが日常化しているリズムを描くのがとてもうまいな、と思った。こういうたぐいの映画は、俯瞰で、長いカットで、生活の空気感を描く、みたいなのが多いが、本作は、それを押しつけがましくなく、さらりとやってのけているところに、バランス感覚の良さを感じたな。
全体的に、本作は、しっかりと人間と人間のドラマを描いており、決してその枠組みをはみ出さない。
こういった芸術的な作品は、ともすればメタファーや不可解なシンボルの応酬で、観客を置き去りにしてしまうことがある。しかし、本作は丁寧に登場人物を描き、彼らが生きる舞台の空気感を作り上げているために、観客が映画に没入しやすい。多くの人がいう、長尺を感じさせない、というのは、これが要因なんかなと思う。
あくまで、映画が先に進まない。映画が観客をけん引しないし、上から目線で語り掛けないし、説教をしない。人間同士の関わりの中のドラマ、を軸にしているから、思っていたよりも難解さを感じさせず、エンタメとして楽しめてしまう。
【言葉の意味が変わる巧みさ】
本作は、コミュニケーション、というものを軸にしている。
コミュニケーションは、その多くが言葉によって構築されているけど、もちろん、それだけではない。
となると、この手の作品はだいたいコミュニケーションを「セックス」とつなげたがる。セックスこそコミュニケーションの頂点!みたいな、くそくだらない話にオチが付くことは決してなく、人と人との関わりの中の様々なコミュニケーション、と包括しているのが良いなと思った。セックスがコミュニケーションの一部として語られる瞬間も本作にはあったが、本作の軸はそこじゃない。
コミュニケーションを語るにおいて、言葉というものが、いかに不可解であるか、が分かる構成がとても興味深い。
とある一つのフックが、言葉の意味を根本的に変えてしまう。言葉の文字面は同じなはずなのに、その意味が、勝手に変質し、黒く染まっていく様は、もはやミステリーというかサスペンスの様相。
話が深まるにつれ、芸術的で意味不明だと思っていたはずの文学的な言葉の羅列が、次第に意味を持ち、観客にとってリアルなものに近づいていく感覚が、とても面白かった。
【精神世界を車とリンク】
主人公にとって、車とは彼の精神世界そのもの。
そして、自分を受け止めてくれる場所であり、唯一の逃げ場ともいえる。
彼の心がどのように変化していくのか、それが、車という閉鎖的な世界の中で描かれる構成が面白い。
主人公は仕事の都合でドライバーが付く。車を精神世界そのものと捉えている彼にとって、それは心に土足で上がられることに他ならない。
この彼についたドライバーこそ、三浦透子演じるみさき。彼女の滑らかなハンドルさばきにより、彼女はハンドルを握ることを許される。彼女は、やがて、それが自然なものであるかのように、運転席に座り続ける。
三浦透子、かなり良かった。演技というか、存在感が良い。カセットをかけろ、と言われて一瞬何のことかわからないみたいな演技が可愛いかった。
【言葉にとらわれていた主人公】
主人公は、舞台俳優であり、演出家である。
彼の部隊の特徴は、様々な国の言葉が交じり合うこと。日本語、英語、中国語、韓国語、よくわからない語、手話まで。
その意味は作品の中ではあまり触れられないとはいえ、おそらく、これが彼のコミュニケーションに対するスタンスなんやろうな。言葉よりも大事なものがある!的な。
しかし、本作の舞台となる広島での公演、その仕事の中、ある人物との出会いが彼の過去のトラウマをこじ開けることとなるのだ。
言葉を使わない、身体でコミュニケーションを取る、それを信条に作品を作る主人公の彼が、実はずっと、言葉という枠組みの檻の中に囚われているのが明かされていく。
彼の壊れそうな心を、彼の愛車が受け止めたように、そのハンドルを握るドライバーの彼女が、やがてそれにとって変わる。その様が、あまりにも見事で、心地が良い。
狭い車内、禁煙を貫いた車内でタバコに火をつけ、天窓から煙を逃がす。
これこそ、極上の、言葉を介さないコミュニケーションなのではないか?
【これは名画でしょう】
丁寧なドラマ、感情を動かす脚本、じっくり描かれた人物、そして心に残る名シーン。観た後に残る余韻、浮かび上がる普遍的なテーマ。
それを、小難しい芸術ではなく、写実的なドラマで描く監督の手腕。いやはや名作。
俳優たちも素晴らしかった。西島秀俊は正直あんま演技うまないなと思ってたけど、ルックスも含めて存在感が素晴らしい。本作の無機質な感じが合ってたし、いるだけで作品に深みが出るレベルの俳優やと思う。岡田将生も、あんま好きちゃうかったけど、演技がうまい。壊れてしまいそうな脆さや危うさがとても恐ろしく、興味深かった。
たしかに、180分は長い。長すぎる。
正直、最後のほう若干トイレ行きたかった。
けど、それをはねのける、長さを忘れさせるほどに、丁寧に作られた名作。日本映画でしか語ることのできない魅力を、本作はしっかりと浮かび上がらせている。
エンタメ:☆☆☆☆☆
テーマ :☆☆☆☆☆
バランス:☆☆☆☆★
好き :☆☆☆☆★
計 18/20